クロガネ・ジェネシス
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第ニ章 アルテノス蹂 躙
第50話 不死を破る刃
刃を構えた零児は一直線に雷災龍《レイジンガ》の亜人、レジーへ向けて走り出す。
レジーはその進撃を止めるため雷撃で迎え打つ。しかし、それらは無駄な攻撃だ。
零児の眼前には黒く小さな無数の破片へと姿を変えた鞘が展開している。それは盾となり衝撃と雷撃、ともに分散し消滅させる。
破片は零児の意志に呼応して動いていた。
レジーに斬撃を放つその瞬間、それらは零児の周囲に散る。
刃はレジーの腕諸とも斬り裂くために真横に振るわれた。
その刃を、背後に退くことで回避する。レジーの動きは明らかに今までの動きとは違う。今まで刀剣による攻撃など避けることすらしなかったレジーだが、今回はそれを回避した。それほどまでに、彼女は零児の刃を恐怖しているということになる。
さらに言うと、前に零児が戦ったより動きが遅くなっている。それだけレジーの体力も落ちてきているということなのだろう。
どちらも確信している。
今の零児の握る刃。その刃で、例え一太刀でもレジーを斬ろうものなら、レジーの命はない。
だからこそ、零児はその一太刀のために全力を尽くす。
だからこそ、レジーはその一太刀を回避する。
「どうしたレジー! 防戦一方だな!」
「うるっさい!」
レジーにとって、人間の振るう刃を回避することは、耐えがたい屈辱だったに違いない。その屈辱に甘んじてまで回避する理由はただ1つ。
刃から迸る強烈な熱。鉄を溶かし、両断してしまうほどの熱さがただ目前で空を切るだけでも感じる。そんなもので斬られて、無事でいられるとはとても思えなかった。
どちらも負けるわけにはいかない。この戦いの勝敗はそれだけでアルテノスの人間の生死を左右する。
今もっとも動けるのは零児だ。バゼルやネルではもうレジーとやり合っても戦いにならない。零児が破れることは彼らが死ぬということだ。
「なんでよ……!」
零児の斬撃を回避しながら、レジーは口を開いた。
「……?」
「なんで、また立ち上がってくるのよ! なんで、起きあがってくんのよ!」
激高するレジーに、零児ははっきりと告げる。
「守りたいからだよ、大切な人達を!」
「守ってどうする!? 弱い奴ら同士で群れ合うつもりか!?」
レジーが背後に飛ぶ。距離が開き、零児は瞳を絞り、疾駆する。
「弱くて悪いか! 力ない者同士で手を取り合って悪いか!? 俺は、そうは思わない!」
レジーの体は半ばボロボロだった。片耳の鼓膜は破れ、片目から光は失われ、全身はアールに斬りつけられた腐食の刃で機能していない筋肉があり、その部分は再生していない。
零児は己の主張を続ける。
「時に反発することもある。時に手を取り合うこともある」
レジーは自らの肉体に『動け』という、呪いにも似た命令を発して、無理矢理体を動かす。
零児が放った大振りの刃を回避するレジー。間髪入れず、零児の横っ腹を蹴り飛ばす。黒い鞘の破片によって作られたシールドごと、軽く飛び、零児は膝《ひざ》を突く。
零児の息は上がり初めていた。
「時に孤独に身を投じることもある……」
刃を杖代わりに、すぐに立ち上がる。
「だが、そうやってそれぞれの未来へ歩んでいくんだ!」
再びレジーへ向けて駆け出す。
「人はそうやって、命を繋いできた! お前の独りよがりな考え方は亜人にも人間にも通用しない!! 今を生きる権利は、全ての人間、亜人に同様にある!! 俺はそれを信じる! だから!!」
刃を振り上げ、レジー目掛けて振るう。
「だから戦うんだ!!」
レジーは零児の目に見えぬ速さで動く。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」
そして零児の頭を鷲掴みにする。
刹那、零児の刃は、その腕を真上に刺し貫いた。
呻き、叫び、急いで刃から腕を引き抜き後退する。
腕の中が焼けている。鉄線が溶けている。熱さのあまり気が狂いそうになる。
その熱さが、その痛みが、レジーの体をさらに突き動かす。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
いつの間にか零児の背後に回る。零児が反応できたのはギリギリだった。
背後のレジー目掛けて下から刃を振り上げ、同時にレジーと相対する。しかし、それすらもレジーは回避し、渾身の拳で殴りかかってきた。
「死ね人間!!」
「うおおおお!」
回避は間に合わない。刃を振るう隙もない。黒い鞘の破片でガードした。
鞘によるガードで防御できる衝撃は目に見えない衝撃だけだ。拳という形のある衝撃を完全に防御しきることはできない。
零児の体は低空で飛んでいく。はるか後方で、ゴロゴロと地面を転がる。両手をつき、2人の間に大きく距離が開く。
「う、うう……!」
顔を上げる。遠くに見えるのは悪鬼と化したレジーの姿。それが零児の元へと迫る。
「動ける者は零児の援護だ! 奴の動きを止めろぉ!!」
その時、バゼルの声が響きわたった。
「バインド・サークル!」
アルトネールが走るレジーに対し、魔術を発動した。それは対象の周囲をリング状の光で覆い、行動を制限する魔術だ。
疾駆していたレジーの動きが止まる。
「ジ・アイスBANG!」
アマロリットも魔術弾を放つ。その魔術によって、レジーの下半身が凍り付く。
「氷付けなんてあたしには……!」
同時に、彼女の左右からネルとバゼルが現れその両腕を掴み、拘束する。
「これ以上貴様等の好きにはさせん!」
「もう誰も殺させない!」
「負けてらんないのよぉ! あんた達に!」
「クロガネさん! 今です!」
「進速、弾破!!」
零児は立ち上がりながら高速移動魔術を発動した。
刃を真っ直ぐに構え、レジー目掛けて疾駆する。闇夜に煌めく閃光は、まるで隼《はやぶさ》のようだった。
動きを封じられたレジーに向かって、レジーの刃が迫る。
「うあああああ! 放せ! 貴様等!」
力付くでバゼルとネルを引き離そうとするレジー。だが、以外にもあっさりと2人はレジーの腕を放した。
零児の刃がすぐ目の前に迫っていたからだ。
「レジィ――――――――――――!!」
同時に零児の刃が、レジーの胸部を刺し貫いた。
深々と刺さり、レジーと零児は2人揃って後方へ飛んでいく。
2人は叫んだ。1人は痛みと熱さ故に、1人は勝利への咆哮故に。
『うううううううううおおおおおおおおおおああああああああああぁぁぁぁ……!!』
限りない怒りと憎悪をたぎらせ、レジーは零児を睨みつけ、その両手を掴む。
互いの瞳孔はこれでもか、というくらい見開かれ、歯をむき出しにしている。
やがて、レジーの背後に黒い壁が姿を現す。アルテノスにある建物の1つだ。どちらもそれに気がつかない。ただ互いの命を奪おうと必死だ。
胸部に焼け付く熱と痛み。たまらずに、レジーは拳で零児の左腕を殴りつけた。
壁に激突する直前、零児は大きく横へ殴り飛ばされた。同時にレジーの体が背中から壁に激突した。
刺し貫かれた傷口から血液が花びらのように壁一面に広がる。それだけではない零児を殴り飛ばした際、その刃はぞぶり、と左半身を斬り裂き、大きな傷口を作っていた。
傷の損傷を再生させる魔術。それを発動させるためのレジーの魔力も、溶けた鉄線を通して外に漏れ出ていき、霧散していく。
一方の零児は殴り飛ばされても刃を放さなかった。地面をゴロゴロと転がり、その衝撃で刃から手を離す形になった。同時に黒い鞘の破片が刃を覆い尽くし、役目を終えたことを知らせる。
零児は気絶していた。
「ア……ハァ……そんな……」
死の足音が迫る感覚を、レジーは『生まれて初めて』味わう。
「あたしが……人間に負ける……?」
信じられない。信じられようはずがない。このような現実。
「負けた……あたしが負けた……」
やや離れた位置で、零児は気絶している。体が動けば今すぐにでも殺しに行っているところだ。しかし、もう体は動かない。そのくせに、激しい痛みだけが体中を駆け巡っていた。
「クロガネくうううん!!」
そこにネルとバゼルが走り寄ってきた。ネルは零児の姿を見つけると、自らの肩を貸し、立ち上がらせる。
「クロガネ君! しっかり!」
「おそらく気絶しているだけだろう。心配はあるまい」
零児はきちんと息をしている。ネルはそれを確認して安心した。
「よかった……クロガネ君……」
「ネル、先に行け」
「え? バゼルさんは?」
「少し気になることがある……」
「……?」
何事かと思ったが、今は零児のことを優先させるべく、その場から離れた。
バゼルはレジーの変わり果てた姿を見る。見るに耐えない、酷くグロテスクな姿だ。しかし、バゼルは彼女の瞳をしっかり見据える。
「笑いなさいよ……。人間に負けたあたしをさ……」
「そんな気にはなれんな……」
レジーの息は酷く荒い。そんな状態でもなおレジーは口を動かす。
「なんでよ……なんであたしが負けるのよ……」
語尾をあらげる。しゃべっていなければ、死への恐怖のあまり気が狂いそうになる。
「なぜ、そこまで人間を憎む?」
バゼルはポツリとそんな疑問をぶつけた。
「なぜ、そうまでして人間を殺したいんだ? お前は……」
バゼルの質問は今のレジーにはたまらなく嬉しいことだった。話すことで少しでも気を紛らわしたかったから。
「聞くけどさ……自分と血を分けた仲間が、獣に殺されたら、その獣自体を憎むようになると思わない?」
「……」
バゼルは黙して、語らない。ただ次の言葉を待つ。
「あたしはね……自分を殺された。12年前にね……」
「12年前……? グリネイド夫妻を殺したあの年か?」
「そうよ……あたしが、自分の力の使い方をよく知らなかった頃だったわ。人間共に散々追い立てられ、槍で体中を刺し貫かれたり、刀剣で斬られたりしたわ……。結果、あたしはあっさり死んでしまった……。兄さんは死んだあたしを見て、信用をおいている賢者様に救いを求めた」
「賢者様?」
「この国に住まう、最高の人形師だって話よ。その人の手によって、あたしは12年の歳月をかけて生まれ変わった。不死身の肉体と共にね。次に目が覚めたのは、今から半年ほど前のことだったわ」
「では、オリジナルのお前は……」
「ええ、とっくに死んでるわ。あたしは脳と肉体の一部を受け継いで、仮初めの命を得た。もっとも、今のあたしを偽物と呼ぶべきかオリジナルと呼ぶべきかなんて、どうでもいい話だけど……。
ねえ、死ぬ前に言っちゃあれだけど、あたしも聞いていい?」
「なんだ?」
レジーは瞳だけを動かしてバゼルを見る。もう心臓の鼓動すら感じない。否、そんなもの元からあったのかどうかも怪しい。
「あたしの人生って何だったのかしらね……。12年もの間死んでいて、生まれ変わって復讐しようとして、結局こうして殺されて……」
「それは……誰だって心に思い描く疑問だ。人間も亜人も、自分の人生の意味は、自分で見つけなければならないのだ」
それは、今のレジーには酷く残酷な言葉だった。人生の意味。12年間失われた人生に一体何の意味があるのか。そして、こうして殺されてしまった自分の命にさえ、なんの価値があったのか……。
「あ、あたしは……」
涙が溢れだす。自分が泣けることを、死の間際になって『初めて』知った。
「あたしは……ただ生きていたかった……。でも、同時に人間の身勝手さが……許せなかった……」
「レジー……それはこれだけの騒ぎを起こしたお前にもいえるのではないか?」
あくまで冷徹に、バゼルは言い放つ。そこには同情と哀れみが含まれていながら、同時に容赦の無さがあった。
「人間は……醜い……人間は……亜人の敵……!」
「死んだ後も……お前は人間を呪うのか?」
「知れたこと……あたしは……人間なんか……認め……ない」
そこで事切れた。
瞳に光はなくなり、肉と鉄の塊になった。
バゼルは淡々と、死体と化したレジーに告げた。
「誰だって……生きていたいと思うことは必然。お前は人間を身勝手と言ったが、それは違う。人間と亜人……双方共に十分身勝手なのだ。少なくとも、俺はそう思うがな……」
感慨深げに、バゼルはレジーの死体に背を向けた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
そこで初めて気づいた。たくさんの人間達が零児達の元へ集まってきていることに。
「あんた達すげえよ!」
「よくあの化け物を倒してくれた!」
「ありがとう、ありがとう、ありがとう!!」
「こんなになるまで……俺達の為に……」
「誰か医療師を早く呼んでこいよ! 重傷なんだぞ!」
多くの人間達が死に物狂いで戦った零児達を賞賛する。
無事生きることができる喜びを、この瞬間を噛みしめる。
その光景を見て、バゼルは静かに呟いた。
「アマロリット、アルトネール……。これから忙しくなるな……」
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